私の記録②

2010年09月30日 11:30


       
      


       17歳18歳 母の死から壊れてしまった心は若さで回復
               右手に学生カバン、左手に買い物袋(食事の支度は私の役目)
               そして高校2年3年は悪友とハチャメチャ生活して寂しさを紛らわしていました

               この2年間は封印・・あの世までそ~~~っと持っていきます

               そして高校3年の終わり、今度は父が体調を壊し
               兄は臆病者のマザコン男で頼りにならず、なんと私が病院の先生と面談
               「これで両親がいなくなるかもしれないわね?」と兄妹で話していました

                    運良く胃潰瘍そして手術   

               すでに私が就職が決まった頃父はお見合い再婚
               母が亡くなってまだ3年位だった・・・
               男の軟弱さといい加減さを感じ呆れた
               
               二人で生活でも始めるのかと思いきや
               なんと我が家に荷物が運ばれてきたのには驚いた
               (当時は社宅に家族みんなで住んでいた)

               それまでは部屋のふすまもドアも開け放しだった明るい部屋が
               いちいちノックするか声をかけなくてはいけない
               面倒な家族になったものだと・・

               まあね、私はオサンドンから解放されたことで
               帰りたい家でもないので夜遊び三昧していました
               
               毎日の生活に違和感を覚えどうにかして早く家を出たいと考えていても
               就職して間もない私には貯金も無しで結局3年ほど一緒に暮らした

         21歳  そんな中偶然知り合った夫と結婚

                ようやく念願叶って家を堂々と出ることが出来ました


 

                                     

             

                       
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着々と入居の準備

2010年09月29日 14:00








            歯痛と戦いながらご老人様のホーム入居の準備

 
                今日で大体の運び入れが終わり

               SH3E01790001.jpg
                   注文したカーテンがまだ付いていない・・
                
               
                          衣類や食品、雑貨は明日


                今日はちょっとお昼寝します



              注文していたかんたん携帯電話も届きました

                シンプルでなかなかいい感じ

                SH3E01800001.jpg
                 でも使えるのかな・?

                 今では施設の公衆電話も介護の方にお願いしてかけてくるのでね



                でもこちらからの連絡用に便利に使わせていただきます




               今日も朝からご老人様から電話あり


               なんだか「うんだらくんだら」言っていたけれど


                     「 ふんふんはいは~い 」


                          よけいな話はせず




                 声を聞くだけで反射的に身震いするようになり

 
                       困っちゃったなあ



              兎に角もうちょっと 


                ホームになんとか横滑り


                  してくださ~~~~い              








           
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私の記録 ①

2010年09月28日 23:30

       



      15歳 兄の大学入学と重なり
            進学校を諦め高卒でも就職率の良い商業高校へ入学
            (大学に二人は入れるだけの財力は難しい時代だった) 
         
         春も過ぎ私も学校に慣れた6月のころ
         学校帰りの駅でバッタリ母と向かいのおばちゃんに会った

            母 「直ぐにでも入院するように言われちゃったのよ

         二人の受験で自分の体調の変化を後回ししていたらしい
         すでに手遅れ余命半年の宣告だった(その当時の医学では)

                    46歳
        
         但しその当時は本人への告知はしないことがほとんどで
         母も手術をすれば良くなると信じていたのでしょう

                    直腸ガン
         
         2度の手術は医学の発展に協力したようなもの
         開腹して閉じるだけのお医者さんの確認のためだったと思う
         
         
         当然のことながら私が病院の泊まり込みの付き添い
           (その当時は完全看護ではなかった)

         学校は毎日病院から通って
         一旦自宅へ帰りお風呂へ入り家事をしてまた病院へ行きの生活が半年

         おのずと遅刻早退は多いし勉強も遅れがち
         それでも
            看護を嫌だと思ったことはなかった

         母のベットサイドとナースステーションを借りての勉強も思えば懐かしい
         手と手を紐で繋いで眠ったことも懐かしい
         母の亡くなった歳を遠~~に過ぎているのに思い出しては涙する

         
         父は病院代の金策に追われ
         兄は大学入学、私は高校入学でお金も使い果たしてしまっていたでしょう

         
         そして翌春に母は亡くなりました、からだ中に転移でした
         
         死の瞬間の壮絶さを今でも瞼に焼き付いています
         若くして子供を残し、この世を去ることの悔しさが最後のエネルギーとなって
         目を見開き直角に体を起こしバタンと倒れ息を引き取りました


    
         葬儀のことは何も覚えていないけれど(ちょっと私、精神が壊れました)

         桜の花びらがヒラヒラ~~と舞っていたのを鮮明に覚えています

           それからは春の季節と桜の花は綺麗でも嫌いになりました
   
 


               
         最近思う・・・

            こんな純粋な心、どこか忘れてしまい

               自分のことばかり












                                         
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